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考察・加賀FEは実はオタク批判
投稿者
投稿日時 2012/07/20(Fri) 13:27:38

エヴァンゲリオンの庵野秀明氏は旧劇場版に「現実に帰れ」というメッセージを入れたと言うのは有名ですね。
ひたすらエヴァという虚構に浸かる所謂オタクと呼ばれる人々を庵野氏は旧劇場版の凄惨な描写で彼らを現実に戻そうと試みたのです。
これ以降目論見通りにエヴァブームは急激に冷え込んでいきます。

さてここで本題。
加賀氏製作による初期FE、暗黒竜~トラキア776は
実は加賀氏によるオタク批判なのではないかと思います。

加賀FEは総じてディストピア物です。特にユグドラル系統が顕著でしょう。
仲間に裏切られ、恋人や妻を奪われ、親の愛を奪われ、心の癒しや喜びを享受できず苦痛にまみれる人々。
こうして徹底的なまでの残酷さを出すことで「虚構にユートピアなど存在しない」と訴えかけているように見えます。
奇しくもエヴァ旧劇場版で庵野氏がとった手法と同じですね。

加賀FEの実態は恋愛要素付きSRPGに見せかけたオタク批判です。
加賀氏もエヴァの庵野氏と同じように「虚構の中でつまらない恋愛ごっこに興じるな、現実に帰れ」というメッセージを自作品に込めているのです。

特に両親がいる人は実際に自分の境遇とアルムやセリスやリーフの境遇を比較してみてください。いかに自分自身が恵まれているかがわかりますよ。

Re: 考察・加賀FEは実はオタク批判
投稿者
投稿日時 2012/07/20(Fri) 15:09:28

それは批判になっているのかな?
非難にも批判にも値しない、ただのメッセージだとお見受けしますが…。

エバンゲリオンの話は全く存じませんが、(視聴した事は無いので)
まぁ、ちょっとしたメッセージやプロパガンダの挿入は商品には付き物です。
日本の会社から配給されるメディア(この場合は映像、文学、漫画商品も含まれる)は、
基本的に何かしらのプロパガンダが混じります。
社会的思想に有った物のウケが良いのは当然ですし、売る為には其れに乗っかるでしょう。

エバンゲリオンと言う作品が、一種の考えさせられるタイプの商品である事は存じておりますが、
所詮作り手の意思など、受け手の解釈にはどうでも良い物であり、
それを先入観として、作り手の思うが侭に解釈を括り付けても良いでしょうし、
それを知らずに己の独自の解釈で商品を理解しても良いと思います。
所詮は娯楽産業ですから、最終的に楽しめればいいのでは無いだろうか。

正直、私には俳優や監督が誰であっても特段気になりませんし、
誰でも良いと思っています。飽くまで個人的な意見ですが、
私にとっては娯楽として楽しめれば何でも良いです。
従って、誰のどんな意志が有ろうと知った事では無いし、
その作品の評価は誰がどう非難し、絶賛しようが、
私なりの解釈で非難し、絶賛します。
そこに作り手の意思などどうでも良いと考えるのは、
其れに因って作り手に雁字搦めにされたくないからです。
私は作った人間の思う通りに思考する人形では無いので、残念ながら、そういうメッセージは気にしません。

飽くまで個人的な、至って高慢な主観論ですので、全ての人がそうでは無いと思いますが、それならばそれで良いとも思います。

Re: 考察・加賀FEは実はオタク批判
投稿者
投稿日時 2012/07/20(Fri) 21:00:30

スーパーマリオブラザーズでゲームがやっとブームになった時期の暗黒竜がオタク批判目的は無理があるのでは・・・。

片腹どころか両腹
投稿者
投稿日時 2012/07/20(Fri) 21:55:53
修正日時 2012/07/20(Fri) 21:56:35

まったく五臓六腑すべてに痛み入りますな。
念の為に断っておきますが、houze氏に対する畏敬の念を表するものではない、とは予め断っておきましょうか。念の為。


ディストピアってのは「実現された理想郷」そのもので、それが如何に絶望的で救いがないものかを示したもので、
別にフィクション全般を指したものじゃないですよ。
別に貴方が「親に死んで欲しくてたまらない」類の人で、親が死ぬ世界そのものが理想郷であると言うのであればそれを否定する気もありませんが
加賀氏もまたそうである、或いはプレイヤー一般がそうであると言うような論評に対しては批判するに十分であると考えます。

Re: 考察・加賀FEは実はオタク批判
投稿者
投稿日時 2012/07/20(Fri) 23:12:38

監督自身ががっつりどっぷりオタクだったような……
と言うか最近は知りませんが昔はガ○○ッ○ス作品と言えば
人気は出てもお話の締めがどれもこれも尻切れトンボで。
(これはスポンサーなどに振り回されたせいも大きいですけど)
絵(背景含む)や意味深な伏線や効果的な演出で人気を博しましたが、
当時の熱狂ぶり、特にエヴァの盛り上がりはちょっと異様でした。
異様だからこその「現実へ帰れ」であってオタク批判とは違う気がします。
勿論受け止め方は人それぞれですけど、どちらかと言えば
スポンサーに振り回されるのに嫌気がさしたからこそと感じます。
エヴァの新劇場版、自主制作方式をとっていますよね。

そして何故『加賀FE⇒オタク批判』なのかまるで繋がりません。
暗黒流辺りは至ってオーソドックスなシナリオですし、
当時ファミコンの主な消費者層は子供世代だったわけで。
果たして当時の子供がオタクかと言われると、違うように思います。
系譜・トラ77がデストピア物かと言われると
正直それも違うようにしか考えられません。
系譜で親世代が殺されてから子世代が立つまでの間の期間を
延々延々凄惨に描いているならまぁそうなんでしょうが、
個人的には結構都合よくシナリオ展開するなぁと感じていた程です。
ED『どの国もセリスのお陰で繁栄しました☆』ですよね、言い回し変えてるだけで。
むしろこのEDこそ【虚構にユートピア】が存在しちゃってませんか……?

Re: 考察・加賀FEは実はオタク批判
投稿者
投稿日時 2012/07/21(Sat) 11:44:10

>>加賀氏製作による初期FE、暗黒竜~トラキア776は
>>実は加賀氏によるオタク批判なのではないかと思います。

オタク批判ではないと「思います」。

両親が死ぬ凄惨な展開や、仲間の裏切り、少年時代の不遇などは
「暗黒竜~トラナナ」世代のオタクには好まれたストーリーだと思うからです。

おそらくhouze さんは、かなりお若い方か、少なくともオタクではないのでしょうね。


規制の厳しくなった現在では、「聖戦」のシナリオでは発売できない、といわれます。

「新・暗黒竜」、「新・紋章」でも原作から省かれたエピソードがあったりします。


今の若年世代の方が、「聖戦」あたりを遊ぶと、衝撃を受けるでしょうが、
当時はオタクに好まれたストーリーだと思うのです。

「オタクに媚びた作品」とも思いませんが
「オタク批判をした作品」とは思えません。

Re: 考察・加賀FEは実はオタク批判
投稿者
投稿日時 2012/07/28(Sat) 20:15:53

私にはあの世代のFEがオタク批判には見えません。
というより、仮にそうだったとしても大概伝わってないので意味ないと思います。
凄惨であるからこそ気に入っている人も多いんじゃないでしょうか。

あと、「ディストピア物」というものを勘違いしてませんか?
完全な平等をうたう理想郷など、少しでもものを考えられる者にとっては地獄よりひどい。
理想郷とは建前で、実際には一握りの管理者以外は人格すら否定された場所。
それを描くのがディストピア物だと思っています。

Re: 考察・加賀FEは実はオタク批判
投稿者
投稿日時 2012/07/29(Sun) 13:18:13

加賀FEを語るならティアサガとベルサガも見た方が……。
まあそんなことはさておき、ただ単にそういうシナリオというだけだと思います。
エヴァは当時凄まじい考察の嵐でした。裏設定がうんたらかんたら、あのシーンの行動はこういう意図が有ったのでは、使途の存在は○○を暗喩していて……などなど。はっきり言って、制作側が考えていないことまで深読みして高尚な作品にしてしまった面が有るのです。
こち亀で、両さんが書いたでたらめな小説が大学教授に絶賛されて深読みされて高尚なものにされてしまう話が有りました。当時のエヴァ人気はそれに近いものが有ります。なにせ通信手段があまり無かった時代、それぞれが個人の考察を持っていた時代です。今みたいにネットで代表的な考察が出て、多数の同意を得て……といった状況ではありませんでした。
多分、今の時代にエヴァが登場していたら絶対にここまでの人気にはなっていないはずです。当時の不自由さが生み出した考察が人気の原動力になったんですから。
そういうわけで、劇場版エヴァのメッセージにはそういう背景が有るのを忘れてはなりません。オタクに現実に帰れと呼びかけたのはちゃんと経緯が有りました。異常な人気による様々な事柄への反発です。
ガンダムの富野監督も似たようなものです。自分の意図しないところで勝手に人気になったものだから自作品を駄作だなんてこきおろしてオタク批判のような形になるわけです。
エヴァもガンダムも、単なる娯楽作品を異常に持ち上げることへの制作側の反発&戸惑いからこういうメッセージが生まれました。
houzeさんが加賀FEをオタク批判と捉えるのは、まさにこの当時のオタクと似ているように感じます。ただの娯楽作品で出したゲームを、必要以上に高尚なものと考え考察してしまう。そんな気がします。もちろん、トラキアで滅びの美学を語っているなどメッセージ性が有るのは確かですが……。

文学に優劣は無いなんて言う人もいますが、ケータイ小説と純文学、あなたならどちらで自分の意見を主張しますか?なんだかんだで媒体によってメッセージ性なんて決まってしまうものです。
「たかが」ゲームということを忘れてはなりません。所詮は娯楽作品なのですから。
私は「されど」ゲームと考えてゲームの持つメッセージ性を持ち上げる方ではありますが、加賀FEをオタク批判と考えるのは流石に生き過ぎかなと思います。

加賀さんの出したかったメッセージ性は「なんでも思い通りになる主人公優位のゲームで本当に良いのか?」ということだと私は考えています。滅びの美学、そしてベルサガを見ると現実的なランダム性とアドリブ性がゲームのカタチなんだと主張しているように感じました。

Re: 考察・加賀FEは実はオタク批判
投稿者
投稿日時 2012/07/29(Sun) 20:27:36

うむ、個人的にそういったことは普段考えないようにしていますが…
私は決して「批判」ではなく、「メッセージ」でしかないと思います。
「批判」は考え過ぎだと思います。何より、EDがありますからね・・・
全ての作品において言えますが、どんなに残酷でも最後には救われる。
最近の作品との違いは、残酷さが控えられただけ。
また、ユーザー層が増えれば増えるほど、万人受けにしなければならない。
そのため、何をしても「オタク批判」には決してなりえないと思います。

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